TRINK HALME

 ドイツ麦藁旅行 1997.3 




 とうとうストローの演奏で海外に行ってしまった。
 正月早々、ケルンのテレビ局でストローを吹いて来たのだ。

 実は以前から「いずれ海外でやることがあるかも知れないな」とは思っていた。
 また一方では「突然お呼びがかかったらどうしよう」とも思っていた。
 期待と不安が交錯していたのである。
 心配なのは曲目の問題である。というのも、ほとんどのストローの楽器は、それぞれ演奏する曲が決まっていて、それにふさわしい「趣向」がこらされている。つまり、その曲に合った形や色合い、動き、音色などを持っているのだ。
 たとえば、シャボン玉を飛ばしながら「シャボン玉」のメロディーを吹く楽器がある。「虫の声」はバッタの形をしたみどり色の楽器で、途中で鈴虫の鳴き声が入る。「かたつむり」では最後に二本の角が飛び出す──などという具合だ。

 ところで、こういう趣向が伝わるためには、みんなが知っている曲の方がよい。歯のはえた口が開く楽器を演奏して「アマゾンのワニの歌です」と説明しても、いまひとつインパクトに欠ける。そんなわけで、レパートリーは日本の童謡が多いのだ。
 もちろん中には、むこうでもウケそうなものもある。頭のまわりで蜂が回る「ぶんぶんぶん」はドイツの歌である。でも、残念ながらこんなネタはほとんどない。タケコプターが回転する「ドラえもん」が、はたしてヨーロッパでウケるのだろうか。心は千々に乱れるのであった。

 そこで去年のはじめに、まだ海外進出のあてもないのに、「有事」に備えて「国歌を演奏しながら国旗を揚げるストロー」を開発した。とりあえず、それに星条旗をつけてアメリカ国歌をやったり、オリックスの旗をつけて優勝を祝ったりしていたのである。
 そうしてついに、この楽器の本来の製作目的が達せられる日が訪れたわけだ。全体は出来ているから、旗を黒赤黄の三色旗に付け替え、ドイツ国歌が吹けるようにするだけでよい。東西ドイツの統一後の国旗が変わっていないか、念のため調べておく。備えがあったので憂いも少なくて済んだのである。

 出演するのは「ハラルド・シュミット・ショー」という番組である。シュミット氏というのは「ドイツのタモリ」みたいな才人で、この番組は彼のトークやその日のゲストのコーナーで構成され、週に四回も放映されている人気番組であった。
 日本のテレビにも珍しい芸をする外国人が登場することがあるが、おそらくあんな感じで「な、なんとストローを楽器にする日本人!」がドイツの茶の間に出現することになるのだろう。

 ところで、こういう出演者はテレビ局のスタッフが直接探してくるのではなくて、世界中の「面白いネタ」をいつも探している国際的なエージェンシーが仲介している。今回の話も、そのような国際的な業者に東京のテレビ関係者がビデオを見せたことがきっかけだった。それには、日本で放送された面白そうなネタがたくさん収められていて、その中に入っていたぼくのストロー演奏が気に入られたらしい。「コイツを呼んでみよう」ということになったようだ。

 元日の朝、関空を出発した。ロンドンで乗り換えてケルンに向かう途中、「ただいまのケルンの気温はマイナス十六度」という放送があって機内がどよめいた。十五年ぶりの寒波がヨーロッパを襲っているそうだ。空港を出てタクシーに乗るまでの一瞬だけでも、突然冷凍庫に収納された食品のような気分になる。
 ホテルはケルン大聖堂のすぐ近くにあり、大聖堂の隣にはフィルハーモニーホールがある。ここは素晴らしいホールで、六年前のツアーでテレマン室内管弦楽団がコンサートをした思い出の場所である。あの時われわれが演奏した舞台をもう一度見たくなって、コンサートに行ってみた。「ロックンロール四十年」というタイトルで、ペーター・クラウスという歌手が歌う。五十年代後半から人気があった大物らしく、客の大半が六十歳前後の夫婦づれだ。自分のヒット曲に加えて、プレスリーやビートルズのナンバーも次々に登場し、それに対するおばさんたちの反応がすさまじい。絶叫し、指笛を鳴らして大騒ぎで、これは日本とはずいぶん違う光景なのであった。

 テレビ局には三日の夕方に行った。スタジオの雰囲気は日本とほとんど変わらない。
 八時から収録し、その三時間後に編集せずにそのまま放映するという。ほとんど生番組のようなものである。リハーサルで次々と楽器を披露していると、まずは、その数の多さにディレクターが驚嘆していたが、しばらく考え込んだ後、次のようなご託宣を下した。
 とても興味深い。だから出演時間を予定より少し長くする。とはいえせいぜい五分位にしかならぬ。まず簡単な笛を作って見せろ。次に四曲演奏してくれ。ヘリコプター(ドラえもんのこと)、トゥルペ(チューリップ)、ザイフェンブラーゼ(シャボン玉)、ヒムネ(国歌)の順だ。あとはシュミット氏とのやりとりでテキトーに。よろしく。
 驚いたことに、国歌以外は三つともドイツ人が知らない曲だ。べつに心配することもなかったのである。
 本番では、スタジオに二百人ほどの聴衆がおり、「ドラえもん」を吹き始めた途端に、こちらが戸惑うほどの大うけで、全員が大きな手拍子で乗ってくれた。「シャボン玉」は時間の都合で残念ながら割愛されたが、最後の「ドイツ国歌」では大きな国旗も見事に揚がり、いやが上にも盛り上がったのであった。

 ところで今回の旅では、演奏がたった五分なのに、ケルンに五泊もすることになっていた。正月ラッシュのせいで都合のよい飛行機がとれなかったせいらしい。
 ひまな時間をどうしようかと考えたすえ、せっかくだから、この際ストローを買いあさることに決めた。今までに、たくさんのストローを海外旅行のお土産に貰って、ドイツのストローもかなり知ってはいるが、ここはひとつ「専門家の眼」でじっくり探索して見ようというわけである。
 街には雪が凍てついており、少し歩くだけで耳や鼻が痺れてくる。こうなると、買いたい物がなくても、近くにある店に避難することになる。最初の日には、暖まるために飛び込んだスーパーの一マルク均一コーナーで、いきなり黒の曲がるストローを発見して感動した。この種の物件はインドネシア製のものを十本持っているだけだから、あわてて五袋買いこむ。でもその後、いろんな店に入って台所用品売場でストローを探したが見あたらないのだ。そして、三日目にようやくストローのありかを究明した。ドイツでは、ストローが文房具売場に並んでいるのであった。ケルンの隅々を歩き回り、色合いの微妙に違う赤、黄、緑、青を数種類ずつ見つけ、その都度賛嘆し、結局全部で二千本くらい購入したのである。
 税関で咎められたらどう説明しようかと案じていたが、さいわい無事に通過し、今のところ、ときどき眺めてはうっとりしているだけである。楽器に使われるのは、もう少し先のことになるだろう。




  
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