人類は旗が大好きだ。
他の動物は旗に興味がないようだが、人類は旗にこだわる。旗を振る。旗を立てる。旗を揚げる。旗を拝む。
いきなり旗の話で始まったのには訳がある。
「こいのぼり」はもともと「国旗掲揚楽器」だったのだ。
1号機が誕生したのは1996年である。
横須賀の知人に招かれていくつかの小学校で音楽鑑賞会をすることになり、ついでに米軍施設内でも演奏してほしいと頼まれた。好奇心からお引き受けはしたが、曲目に困った。ゆかいな楽器はほとんどが日本の曲のためのものだ。
(アメリカ人向きに新しい楽器はできないものか)
思いついたのが「アメリカ国歌とともに星条旗が揚がる楽器」であった。
(1)
とはいえ、演奏しながら旗を揚げるにはどうすればよいのか。
息の力でストローを回転させる、この仕組みを応用するのがよさそうだ。回転軸を細くして糸を使う。漠然とそんなことを考えた。
そして作り出したのが「十字型回転ストロー」だった。
(2)
これは「T字型回転ストロー」が発展したもので、重心がぶれないし、固定した枠(もちろんこれもストローをパンチで穴をあけて組んである)に囲まれているので、ストローの回転する力を利用しやすい構造だ。
レース糸を「旗竿」の中に通し、両端から出た糸をつないでループになっている。その一方は回転軸のストロー、もう一方は一番上のストローに掛かっているので、ストローが回れば旗が揚がってゆくはずだ。
回転軸のストローは細い。その方がトルク(軸の回転力)が大きくなるし、旗もゆっくり上がるだろう。
糸と回転軸はすべらないようにしたい。しかし最上部のストローとは滑りやすい方がよい。難問だったが、この糸は半周するだけだということに気がついた。旗が上から下まで揚がるだけだからだ。そこで、糸が回転軸に接する範囲だけに滑り止めの蜜蝋を塗った。
星条旗はとりあえずお子さまランチの旗を使った。小さすぎるが、軽いから揚がりやすいだろう。旗を「ゴール」に確実に届くよう「旗竿」も短めにした。
また、トルクを増すためにプロペラのストローは長くした。
その結果、この一号機は駆動部が大きく、旗は小さくて旗竿が短い。かなりバランスの悪い楽器になってしまった。
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十字型回転ストロー図解
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「こいのぼり」の駆動部
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「国旗掲揚2号」初演(2002年)
@中国人民大会堂宴会場
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「国旗掲揚1号」(1996年)
旗が小さくて旗竿が短い。
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【揚げた国旗】
アメリカ 韓国
中国 イギリス
ドイツ スウェーデン
カタール フランス
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【掲げたロゴマーク】
左 フルーツサンデー
お昼ですよ!ふれあいホール
ヒミツのちからんど
右 タモリのジャングルテレビ
おはようクジラ
(オリックス優勝記念)
生魂幼稚園のマーク
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完成には手こずったが、はじめての演奏で星条旗は無事に揚がった。しかも嬉しいことに大受けだったのである。めでたい。
翌年、ドイツや韓国などで演奏する機会があり、そのたびに楽器を改良した。旗は大きくなり、旗竿は少しずつ長くなった。
ただ、国歌によって音域がまちまちなので、毎回メロディ部分を付け替える必要があった。それに覚えるのも大変だった。なにしろ国歌だ。間違えるわけにはいかぬ。
いろいろ苦労は絶えないのであった。
しかし「国歌とともに国旗を揚げる」、ご挨拶代わりのこの趣向のおかげで、行く先々で暖かく受け入れてもらえたのである。
さらにこの楽器は国内でも活躍した。
テレビに出たときに番組のテーマ音楽を演奏しながらロゴマークを揚げたことが何度もあったし、国内で行われた外国の催しなどでも重宝した。
(3)
2002年、中国訪問をきっかけに楽器を作り直した。より確実に作動する「国旗掲揚2号」の誕生だ。駆動部がコンパクトになり、旗竿もさらに長くなった。
こうして「国旗掲揚2号」は頼りがいのある楽器になったが、問題は国内での使い方である。せっかく立派な楽器に成長したのだから、臨時の催しだけではもったいない。ふつうのコンサートでも演奏したい。だが、外国の国歌を演奏する理由はない。かといって「君が代」を演奏しても面白くない。
(旗のかわりに揚げるものは何かないかな)
いろいろ思案していたある時、おもちゃ売り場で小さなこいのぼりを発見した。すぐに買い求めて取りつけて見た。「屋根よ〜り〜た〜か〜い」のメロディとともに可愛いこいのぼりがそろそろと昇ってゆく。愛嬌があって、とても好評だった。
こうして「こいのぼり」が誕生したのである。
当然ながらこの楽器は背が高い。今のところ一番高い。
「屋根より高い」というわけにはいかぬが、130cmはある。これからさらに伸びるかも知れない。
「そんなに長いストローがあるんですか」
よくそう訊かれる。
いま私が持っている最長のものはドイツ製で75cm、例によって人からいただいたものだ。しかし、「竿」(さお)の部分にこれを使っているわけではない。それではかえって持ち運びに困る。何本かのストローをつないで分解できるようになっている。
曲が終わると同時に先端に到着するのが理想なのだが、それがなかなか難しい。
こいのぼりの昇る速さは息の入れ方で加減する。演奏しながら、こいのぼりの位置によって吹き方を調節するのだ。
とはいえ、こいのぼりを見ながら演奏すると、顔がだんだん上向きになる。それでは不格好なので、糸のところどころに印を付け、それを見てこいのぼりの位置が分かるようにしてある。
ところで、こいのぼりなのだから、やっぱり風を孕(はら)んでたなびいてもらいたい。そう思ってときどき工夫しているのだが、残念ながらまだ実現していない。
(4)
こいのぼりが昇り、それから悠々と泳ぐ。いつの日かそんな勇姿を見たいものである。
(1) 「横須賀ストローストーリー」参照
(2) この仕組みは、その後長らく使われなかったが、15年ほど経ってから「大きな古時計」や「翼を下さい」などの楽器に次々に採用されることになる。思えばこれは先駆的な試みであった。
(3) 国内でも、たとえば「ルシア祭」(スウェーデンのクリスマスの催し)や「カタール石油」の忘年会に招かれた時にはこの楽器が活躍した。また、幼稚園でのコンサートで「園旗」をつけて「園歌」を演奏したこともある。
(4) 2017年6月に「矢車」が完成した。こいのぼりが昇るとともに旗竿の先端に取りつけた矢車が回転するのである。
2015.8.30