麦藁剣法谺返し  剣の舞



剣の舞専用ストローの写真
 「剣の舞」はよく伸びる。
 「どうしてそんなに伸びるんだい?」
 そう訊ねたくなるほどよく伸びる。
 「伸び部門」では他の追随を許さぬ堂々の第一位だ。
 だが、なぜか今まで脚光を浴びたことがない。
 いやそれどころか、ささやかな話題になったことさえないのである。
 個性的な脇役。それがこの楽器の役回りのようだ。

 外観がそっけないせいだろうか。
 カタカナの「レ」の形をしている。それだけだ。
 色合いも地味である。華やかな楽器たちと一緒に並んでいると見逃しやすい。
 「そういえば今日は『剣の舞』を吹かなかったなあ」と、コンサートが終わってから気がつくこともよくある。

 それはともかく「剣の舞」はよく伸びる。
 伸びる楽器は数々あって、たいていはスライド式だ。
 つまり、太いストローの中に細いストローを入れる。細い方には紙を詰めて息が通らぬようにしてあるので、吹けば内側のストローが伸び出るという仕組みだ。
 伸びて止まるようにしてあるので、伸びるはたいてい1.5倍くらいになる。(1)
縮んだ剣の舞の写真 伸びた剣の舞の写真  ところが、この「剣の舞」の場合、長さが3倍以上になる。というのも、こいつは二段式ではない。なんと五段式、つまり、太さの違う五種類のストローがラジオのアンテナのように入れ子構造になっているのだ。これを作るのはむずかしい。極細から極太までのさまざまな太さのストローが必要だった。(2)これは自分で探して手に入れたものばかりではない。長年の間に、いろんな人からストローをいただいたおかげであって、まことにありがたいことである。
 そしてさらに、伸びて止まるしくみを各段ごとに作らなければならない。
 互いになめらかにスライドするような太さのストローを五つも集めるだけでもかなり大変だが、その上、それぞれのストローよりほんの少し太いのや、ほんの少し細いのなどがあれば嬉しい。だが、そう都合よく揃いはしない。この難関を乗り越えるために数々の工夫が必要だった。

 というわけで、「剣の舞」は、とりあえず「伸び」が売りの楽器である。
 だが、この楽器には他にも特徴がある。
 指穴を塞ぐ方法がユニークなのだ。それは、開発した当初には、仰々しく「デジタルスライド方式」と命名した仕組みで、この方式を使っている楽器は他にはない。
 だが、その点についても注目されたためしがない。まことに哀しいさだめである。
 曲はクラッシックのよく知られている作品だ。
 「そんな曲は知らんぞ」という人もいるかも知れないが、聴いてみれば「ああこれか」と思うはずだ。
 「いや、やっぱり知らんぞ」という人も中にはいるだろうが、鑑賞に差し支えるわけではないから、それはそれで構わない。
 コーカサス出身のハチャトリアンの作曲で、民族色の濃い作品である。速いテンポで半音きざみで細かく動くから演奏は大変だ。なにしろストローである。半音を出すためのキーを付けることもできないし、指使いを工夫してもうまくゆかぬ。半音階でも「ホワイトクリスマス」のようにゆっくりしたメロディなら口の閉め加減をコントロールするなどの方法で演奏できるが、音が速く動く曲だとそういう奏法は使えない。
デジタルスライド方式の写真1
デジタルスライド方式の写真2
デジタルスライド方式の写真3
【デジタルスライド方式】

 内側のストローには半音階になるような位置に指穴が並んでいる。外側のストローをスライドさせると半音階を演奏することができる。最後に全部の穴をふさげば「剣」に息の圧力がかかって伸びる。


 といってトロンボーンのようなスライド式の構造にすると、音の高さが連続的に変化してキレが悪くなる。半音階をすばやくはっきりと出すには、やはり半音それぞれのための穴をあける必要がある。しかし、間隔が接近し過ぎて指がおさまらない。
 困った。
 そこで、思いついたのがこの「デジタルスライド方式」である。
 まず、半音階になるような間隔の穴をいくつかストローにあける。それを少し太めのストローで覆い、この外側のストローをスライドさせることにした。
 これによって、はっきりとした半音階をすばやく出せるようになったのである。
 しかも演奏が始まってから、たった10秒ほどで突然、すばやく大きく上に伸びてインパクトがある。シンプルな外観に似合わず実力のある楽器なのだ。
 だが、この楽器にはひとつ問題がある。演奏中の表情の問題だ。
 笛を吹くとき、ふつうは楽器を見つめたりしないものだが、この楽器ではそうもいかぬ。スライドを正確にコントロールするために、目の前に並んでいる小さな穴を凝視しながら演奏することになる。その結果、左右の目が中央に寄るのである。

 「寄り目になって一心不乱にストローを吹く人」

 果たして、人としてこれでよいのだろうか。


1 詳しい構造については「かたつむり」を参照。
2 実は2007年に八段式になったことがある。直径10mm以上のタピオカストローまで動員した苦心の作だった。しかし、釣り竿のように長くて剣には見えず、あまり受けなかったので、元の五段式に戻した。



2015.2.18 


  
inserted by FC2 system