印度象カレー風味の餌が好き  ぞうさん



ぞうさん専用ストローの写真
森のぞうさん


ゾウの鼻の写真
鼻の先端
先は閉じており、横に直径2mm位の穴が開いている


 「象は鼻が長い。」

 この文の主語は何か。
 「象」か、それとも「鼻」なのか。あるいは、そもそも日本語に「主語」など存在しないのか。国語の世界では、さまざまな意見が飛びかっているらしい。
 だが象は、そのようなことに関心を抱かず、今日もひたすら「象」をやり続けているし、それで何ら不足はない。なにしろ自分自身が象なのであるから。
 というわけで、文法上の論議がどうであれ、象は鼻が長い。しかも、その鼻は動く。まことに優雅にゆったり揺れ動くのである。
 そして、象ではない私は、この動きをストローで実現しようとして、ずいぶん苦労したのであった。

 「ぞうさん」の楽器は、水色のストローが屈託なくうねっていて、なかなかおおらかな姿をしている。象だから、本当は灰色にしたかったが、そんな色のストローはめったにないのだ。わが家にもストローはたくさんあるけれど、グレーは一種類しかない。これはドイツで手に入れたもので、やや細身のストレートストローだ。残念ながら品質が悪く、裂けやすいので使えなかった。

 楽器の下側には白いキバが生えており、運ぶときには邪魔にならぬよう、本体に格納できるようになっている。
 吹くところには3本のストローが並んでいる。両端の2本が「ぞうさん」(團伊玖磨作曲、まど・みちお(1)作詞)のメロディを二重奏で奏でる。
 まん中のストローは「鼻」につながっている。ここから音は出ないが、吹き込んだ息の力で鼻が大きく揺れ、息の加減によっては演奏者の顔のところまで跳ね上がる。この動きが実にそれらしいのである。
 この鼻は、「曲がるストロー」のジャバラ部分を十個以上つないだもので、長さは50cmくらいだ。楽器の先端から垂れ下がり、少し内側に曲がっている。先端は平たくつぶして熱でふさいであり、そのすぐそばにあけた小さな穴から、息がストローと直角の方向に出るようになっている。ストローは息の出る方向と反対の向きに力を受けるから、鼻の先端が大きく動くわけである。
 ただし、本当の象の鼻のように柔らかな動きになるためには、使うストローを選ばなければならない。ふつうの「曲がるストロー」ではうまくゆかぬ。「駄目な曲がるストロー」が必要なのである。
 実は、この材料を思いつくのに5年ほどの歳月を費やしたのであった。

 ここで、曲がるストローについて少々説明しておかねばなるまい。
 曲がるストロー(英語では flexible drinking straw)は今や世界中に流布しているが、実はこれを考え出したのは日本人だ。
 『大阪のエジソン』と呼ばれていた坂田多賀夫さん(2)が1964年に発明したそうである。あるとき、病院で患者さんが水を飲むのに苦労しているのを見て、「ストローが曲がればよい」とひらめいたが、製品化するまでには長い間ずいぶん苦労されたようだ。
 ストローが曲がるだけではなく、曲げたところで止まってくれないと使い勝手が悪い。だが、それが難しい。試行錯誤を繰り返しているうちに、ある日「折り紙」からヒントを得て、ついに曲がるストローが完成し、世界中に広まったという。
 この発明はさぞかし多くの人に喜ばれたとは思うが、もっとも恩恵を授かったのは私ではないか、という気がしている。もし、この「曲がるストロー」がなければ、現在のストロー楽器はほとんど存在しえなかったからである。ストローが曲がるおかげで、遠すぎる指穴を近づけ、簡単に押さえることができる。これによって、ほとんどすべての低音楽器と重奏楽器が成り立っているのである(感謝)。

 それにしても、このストローは素晴らしい発明だとつくづく思う。曲げたときの「ペキペキペキ」という音がまことに心地よい。しかも曲げたところでぴたりと止まるのが嬉しいではないか。これこそが「正しい曲がるストロー」なのである。
 だがしかし、時としてストロー売り場には「駄目な曲がるストロー」が置いてある。
 何が駄目なのか。
 「曲がることは曲がるが、手を離せば元に戻ってしまうストロー」
 これではまるでゴムではないか。もちろんジュースは飲めるが、こんなストローはにせものだ。邪道だ。
 長い間そう思っていた。しかし、この偏見がよくなかったのである。そのせいで「ぞうさん」の完成は5年近くも遅れることになってしまった。
 実は、「ぞうさん」の鼻に使っているのはこの「駄目なストロー」なのである。
 曲がっても元に戻るという弾力性のおかげで柔軟な動きになるわけで、象の鼻の材料としては駄目どころか最適だったのである。
 思えば、勝手に「駄目」と決めつけて、使ってみようと思いつかなかったことこそが「駄目」であったなあと、いまだに深く反省しているのである。



1) まど・みちおさんの出身地、山口県周南市の徳山動物園に「マリ」という名の雌のゾウがいる。国内唯一のマルミミゾウとして親しまれていたが、最近、DNA鑑定によって実はサバンナゾウ(いわゆるアフリカゾウ)だったということが判明したらしい。とはいえ、そんなことには関わりなく、マリは引き続き淡々と「象」をやり続けているそうである。
2) あるコンサートで、演奏の合間にたまたま坂田さんのことを喋ったことがある。すると、コンサートの後、司会の女性に「坂田多賀夫は私の父です」と言われたのでびっくり仰天した。またお目にかかる機会がありますように。

2009.9

  
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