舞へ舞へ蝸牛  かたつむり



かたつむり専用ストローの写真 かたつむりのツノの図
 曲が終わると二本のツノがピュッと飛び出す。言ってみればそれだけのことである。
 だが、嬉しいことにこれが妙にうける。ツノが出た瞬間にはいつも客席に驚きと笑いが拡がるのだ。

 ご存じのように、かたつむりの歌は「つのだせ、やりだせ、あたまだせ」で終わる。だから、この楽器を使うことによって「歌詞にきわめて忠実な演奏」がいともたやすく実現できるのだ。実にありがたいことではないか。
 楽器の先端に黄色いストローで作ったツノがV字型についていて、均整のとれた優美な姿だなあと、自分ではひそかに気に入っている。二本のツノを出すために息の通り道が二つあるから二重奏になった。そのハーモニーにも安定感があってまことに心地よい。しかも、ツノが出そこなったりはずれてしまうなどという事故はめったにない。
 演奏する者にとってはまことに頼もしい楽器なのである。

 ツノの構造はこうだ。
 まず、太いストローの中に細いストローが入っている。細いのが黄色、太い方は透明である。いや、色はどうでもよいのだが、とにかく、細いストローの先端にはスポンジが詰まっていて空気が通らない。だから、このまま外側のストローを吹くと内側のストローが勢いよく飛んで行く。
 もちろんそれでは困る。客席に飛び込んだストローを人々が奪い合って乱闘になるかも知れない。だいいちツノが飛ぶというのも変だろう。伸びて止まるように工夫せねばならぬ。
 細いストローは根元が少し太くなっている。実は、これは「ジャバラ」の一部だ。つまり、この「ツノ」は曲がるストローのジャバラの部分を少し残して作ったものである。一方、太いストローの先端には、「太いストローよりもほんの少しだけ細いストロー」を1cmくらいの長さに切って、ぴったりと内側にはめ込んであるので、その部分が少し狭くなっている。だから、細いストローが出てくると、ジャバラの出っ張りがこの「ストッパー」に引っかかって止まるのである。

 問題はまだある。
 最後にツノを出すときには、失敗を防ぐために息を強く吹き込むから、この「ストッパー」はかなりの衝撃を受ける。しかも、ツノが止まった後にも息の圧力は依然としてかかり続けるので、ストッパーがはずれてツノが飛んで行くおそれがある。実際、この楽器がデビューした頃にはよくはずれたものだ。そこで、そうならぬように、細いストローの根元のあたりに穴をあけたのである。ツノが伸びるとこの穴から息が逃げるのでツノが飛んで行かなくなるし、さらに嬉しいことに、伸びたときに音も出るようになったのである。
 さて、このときに鳴る音の高さは、吹き口からその穴までの距離で決まるから、演奏していた音域よりもかなり低い音になる。どんな高さの音にすべきか決めるのにずいぶん迷ったが、結局、二本の管のどちらも同じ高さになるようにして、曲の調性からかけ離れた音(主音の長3度下)を選んだ。ツノが伸びると同時におごそかに響くこの音には、聴衆の肩の力を抜いてしまう不思議な力が備わっているのであった。

 さらに課題がある。
 曲の途中でツノが飛び出してはいけない。最後に出なければならない。そのためには「こうすればツノが出る」という「スイッチ」が必要になる。そして、この楽器では「すべての指穴を閉じること」がスイッチの役割をしているのだ。つまり、すべての穴を閉じると先端にまで息の圧力がかかり、それによってツノを押し出すというしくみだ。だからこの楽器には、二本のツノを出すために最後にふさぐ穴が二つある。だから、演奏に使う穴を八つ以下にしないと指が足りなくなるわけだ。
 かたつむりのメロディは「ドレミファソラド」という七音を使っているから、それだけでも六つの穴が必要になり、片方の手だけでメロディを演奏することはできない。そんな曲を、きびしい条件の中で二重奏にするのは非常にむずかしいが、編曲上のトリックのような手口を駆使することによって、ようやく七本の指で演奏できるようになったのである。めでたい。

 ところで、新しく誕生した楽器は完成した後にもいろいろ問題が出てくるものだ。たとえば音程が悪い、穴が押さえにくい、思った通りに動かない、壊れやすい、ちっとも受けないなど、実にさまざまなトラブルに見舞われる。したがって、たいていは改造や修理を何度も繰り返すことになり、外観や構造が変貌してゆくことが多い。
 だが「かたつむり」は例外であった。
 誕生してからほとんど問題を起こしたことがない。修理も補強も必要のない「手のかからぬ子」なのであった。したがって、この楽器には古風な作り方がそのまま残されており、ストロー楽器界の「生きた化石」とさえ言われている貴重な存在なのである。

 ではどんなところが古風なのか。
 まず、使っているストローが地味だ。白地に細いストライプというもっとも平凡なやつで、これはつまり、「かたつむり」を作った94年頃にはこういうストローしか持っていなかったからである。色とりどりのストローを手に入れて、現在のように楽器がカラフルになりだしたのはもう少し後のことなのであった。
 それから、糸を使っているところも古式ゆかしい。今の楽器は、丸い穴をあけた「支えのストロー」を使って、ストローを互いに組み合わせて楽器を構築しているが、初期の時代には隣り合うストロー同士を糸で結んで固定していたのだ。ただ、この組み立て方には多くの問題があった。隣り合うストローが密着して指穴が押さえにくい、修理しにくい、頑丈な構造になりにくい、といった具合で、いつしか流行らなくなってしまった。そういうわけで、こういう特徴が残っている楽器はすでにほとんど姿を消している。現役の楽器では、この「かたつむり」と「聖夜」「ハッピバースデイ」の三つしかない。まさに「絶滅危惧種」なのである。

 とはいえ、いずれはこの「かたつむり」にも改造すべき時期が訪れることだろう。そのときには二代目かたつむりを新たに作り直し、この楽器はこのままの姿で「ストローの殿堂」に保存しようと考えている。


2007.10
  
inserted by FC2 system